楽しいこともあるんだけど、想像以上に辛いこともあったりして、うまく感情がコントロールできなくなっていました。
心配してメール頂いた方にも、お返事できなくてごめんなさい。元気にしています。
週末から再度ニカラグアに行ってきます。
もう少ししたら、ブログもTwitterもアップできるようになると思います。
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いや~、久しぶりにかなり大変な出発劇となってしまいました。まぁいつもの事といえばそうなんですけど・・・。事の始まりは熊本の大地震でした。我が家の同居人の実家が熊本市内だったので、最初の地震(余震)翌日に同居人は急きょ帰省。わたしは数日後にこの出張を控えていたので、東京に残りました。
なんですかね、東京での一人暮らしが久しぶりだったためか、出発2日前に高熱発症・・・。出発前日は熱の引かぬまま社外打合せ。朦朧としながら一人で荷造り→病院→出発(しかも成田!)。締め切りに追われながらNEX内で仕事していたら、大量の汗をかいたおかげで熱はひいたものの、飛行機遅延によるヒューストン乗継不可!どへーっ!
チームのボスと2人旅だったので、やむなく1泊したヒューストンでミールクーポン使ってワイン飲みまくり(病明けなのに・・・)。翌日もニカラグア行きの直行便が押さえられず、ヒューストン→パナマ→コスタリカ→ニカラグアとまさかの各駅停車ルート。直行便なら3時間のところ、10時間くらいかかって到着で、その週は疲労困憊でした。
こちらでの仕事も丸一日減ってしまったので、かなり押し気味になってしまい、毎日なんだかんだと忙しいです。気づけばあと1週間で帰国。むむむ。
ニカラグアでの楽しいことも書いておかないと、時間がどんどん過ぎて行ってしまうので(そしてブログがどんどんシャビーになっていくので(爆))、マナグアから90キロくらいのところにあるニカラグア第二の都市・レオン訪問について書いておきます。
チームのメンバーとエージェントに頼んでOne Day Tripをアレンジし、レオン・ヴィエホ(遺跡)とレオン市街を巡ってきました。
レオン遺跡は中米のポンペイとも言われていて、スペイン統治時代の街が火山灰に丸々埋まってしまっていて、現在も発掘の途中なのです。
ガイドさんがいなかったら、ものすごくつまんない所だと思うのだけど、歴史の話を聞きながらだと中々興味深いです。マヤ文明の流れから、スペイン人の統治、カリブ海側は実は英国統治など、ニカラグアについての資料(英語・日本語)が少ない中で、こういう話でも聞かないとまったく分からなかった事が多かったですね~。
とはいえ、ポンペイほどか?というと、まあそうでもない・・・(笑)。 あと、スペイン人て酷いなぁとは思う。
敷地はかなり広大で、まだ丘と思われる場所にタワーが丸々埋まっているそうです。予算が無くて発掘作業ができないとか・・・。それはそれで、かなりもったいない気がしました。
このタワーの埋まっている丘を登ると、モモトンボ火山が一望できる展望台があります。
遺跡を灰で埋め尽くした火山・モモトンボ。
富士山信仰のある日本人には馴染みのシェイプで、思わず手を合わせたくなる(笑)。左下から噴煙が出ているので、今もなお活動中です。
周囲も小規模な火山に囲まれていて、360度のパノラマでした。以前いた隣国コスタリカとはまた違った風景で、ニカラグアの自然を満喫しました。
ランチはレオンの街で生ビール(マナグアには生ビールはないので、ここでお初でした・・・が、あまりにものどが渇いていて写真撮ってなかった(爆))とレオン名物盛り合わせ(お酒のツマミ?)などをいただきながら、一息つきました。写真左がそのオツマミプレートで、ソーセージやチーズなんかがピンチョスになってました。右はタコスで、中米風なのはお豆のソースを乗っけて食べるとこかな。
あとから聞いたら、このレストランはルーベン・ダリオ(ニカラグアで一番有名な詩人)も通った、由緒正しきバールでした。
レオン市街の話はまた次に!
【業務連絡】
週末に帰国ですが、帰ってすぐにバングラ更迭・・・。
]]>相変わらずクライアントからの安全規制により不要の外出を禁止されていて軟禁状態。更に、目抜き通りの謎の大工事(日本人の間では絶対無駄な投資と言われている)でわたしの生活圏(オフィスとホテル周辺)が大渋滞で、体の底から腐っております。先日はオフィスから1km先にランチに行ったら、帰るのに1時間以上かかりました・・・(時速1kmですよ。徒歩より遅いんですよ。でも歩いて外出しちゃいけないっていうクライアントの・・・・・・むぅっ(怒)!人生の大いなる無駄遣いです!)。
4月中旬から再びニカラグアに行くのですが、その前に(忘れる前に)ニカラグアの事をもう少し書いておこうと思っています。
マナグアから南に50kmくらいのところに、グラナダという町があります。古い町で観光客にも人気があって、首都・マナグアよりも歴史が古く綺麗な町です。マナグアは歩いてぶらぶらできる所がないのですが、このグラナダや後から行くレオン等はふらりふらりと街並み散策ができてかなり楽しいです。
可愛らしい黄色の外観はグラナダ大聖堂。この町もやはりこの大聖堂を中心に賽の目に町が形成されています。車と人がきちんと分けられていて気持ちい空間でした。
内観はこんな(↓)。鐘楼を上がると、グラナダの街が一望できます。
街中もすこし雰囲気のある建物が多いです。右下の写真はこの街の有名なホテル・ダリオ。一度泊まってみたいな~と思ってます。グラナダはそのむか~し行ったグアテマラのアンティグアのようなクラシックな街並みでした。大抵の建物にはパティオ(中庭)があって、外観と内観では表情が変わります。
ランチはグラナダ名物「ビゴロン」。豚肉のから揚げに、サラダとユカ(キャッサバのようなお芋)が盛合さったもの。グラナダの中央公園にお店が幾つか出ていて、ニカラグアのスタッフおすすめのお店で頂きました。
ビールがあれば、なおさら良かったのに・・・!と思うほどの暑さでしたが、一応「調査」だったので、飲み物は「アイスカカオ」。ミロとココアの合いの子的な飲み物でした。スゲー甘い!
街中には馬車が多くて一周ツアーがあったり、ちょっと外れには湖(ビーチ)があったりします。マナグアの人が週末に訪れるというのが分かる、憩いの街でした。三連休とかあれば、のーんびり1泊で来てみたいなぁ。パブとかあって、飲み歩くのにも楽しそうでした。
【業務連絡】
月末までバングラに行って、そのままバンコクへ水平移動(?)しま~す。
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「マナグア」と言われても、全然ピンとこないと思いますが (かく言うわたしも最近知ったところです(笑))、 実は中米の都市の1つです。中米ってどこ?と言われれば、北米と南米がかろうじてつながっている、あのほっそいところです(笑)。 東京からヒューストン経由で乗り継いで約20時間のフライト、時差-15時間です。
実は約15年くらい前にコスタリカ(ニカラグアのお隣の国)に1年近くいた事があり、何となーくスペイン語は覚えているかな?と思っていたけど、すっかり抜け落ちていました(笑)。全ての書類がスペイン語で(もちろん会議も)日々四苦八苦しています・・・。
マナグアってどんなとこ?と言われても、まだあまりうまく説明できないのですが、 人口も多くなくちょっと地味目な印象です(笑)。治安も中米の中では悪くなく、昼間なら場所を選べば歩いてフラフラする事ができます。
マナグア唯一(?)の観光スポット、大聖堂です。実はマナグア自体にはあまり訪れるところはない・・・。
マナグアは北側に大きな湖を抱える、いわゆる盆地。火山に囲まれているので、地震も結構あります。1972年の大地震では被害が大きく、それ以来街の人々は低層(1階建てもしくはせいぜい2階建て)の建物を好み、高層ビル(5階以上の建物)が殆どありません。これには、かなりびっくりします。
高台から見渡しても、ぺったんこで何も見えない・・・(笑)。遠くの湖まで見渡せます。
首都のマナグアには特筆する事はあまりないのですが(オイオイ)、周辺の街はスペイン統治の香りが残る情緒的な所が多いです。マナグアの南にあるマサヤ(Masaya)は小さいながらも、カテドラルやメルカード(市場)がありふらふらするのが楽しいところです。
マサヤのカテドラルは木造で内装はとっても優しい雰囲気。
メルカードは古い外観を保持しつつ、中にはお土産物屋さんがぎっしりつまっていました。ここの名物は何かとロンリープラネットをめくってみたら「ハンモック」ってありました(爆)。 お土産には少々大きすぎかな・・・うん・・・。
今は乾季で殆ど雨は降りません。温度は30度くらいかなぁ(もっと暑い日もあるかも)、日差しは強いけど、風が良く吹いていて(無風の時があまりないような気がする)、木陰だと過ごしやすいです。
アジアとは全く違う雰囲気で、久しぶりに楽しい出張となりました。カメラの出番も久々に増えそう♪ これから1年半ほど、マナグアと日本を行ったり来たりすることになりそうです。
実は帰国直前なのですが、もう少しニカラグアの事を綴って行こうかと思いま~す。
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お正月早々、バングラデシュの首都・ダッカに再び来ております。予想以上に肌寒く、朝晩は20度を切っています。うちのスタッフはマフラー巻いたりしてますが、暖房が無いので意外と冷えるんです。
実は昨年秋から、ダッカの治安がぐぐっと悪くなり、クライアントからやんわり(?)と「歩行外出厳禁」&「不要な外出禁止」という命が下されてしまい、なんというか軟禁状態にあります。
地方に行く場合は警察のエスコートサービスを付ける事が義務付られ、一層物々しさと窮屈さを感じてしまいます。
今回は2週間の滞在予定ですが、滞在期間中にビッショ・イジュテマというメッカ巡礼に次ぐイスラム教徒の大規模巡礼がダッカ北部で行われたため、基本的にはホテルとオフィスの往復となりました。
ホテルでまともなゴハン(カレー以外の食事という意味)が無いのは分かっていたので、今回はお酒だけでなく食料品もしっかり携えてやってまいりました。空港まで送ってくれた同居人が「え、2週間で帰ってくるんだよね?2ヵ月じゃないよね?」と確認するほどの荷物(笑)。
トラベルクッカー(ミニコンロとお鍋)で出来る料理は意外と幅広く、長期保存可能なお豆腐・昆布・ポン酢で湯豆腐にしたり、成城石井の生パスタ+パスタソース各種を白ワインで頂いたり(笑)。軟禁ライフ(キャンプ生活?)を楽しみましたが、それでもやっぱり週末は辛かったですね~。やっぱり外出できるのに出ないのと、出てはいけないのでは精神的な負担が違います。ちょっと新聞持って100メートル先のカフェに行きたいだけなのに、それすら出来ないのは苦痛でした。
徒歩外出厳禁なので、当然ながら写真がないのですが、昨年行った時の写真を備忘録にご紹介します。
バングラデシュの南にあるコックスバザール(Cox's Bazar)です。バングラが誇る世界最長のビーチ(120km)!なのですが、海の色も青くないし、砂浜も白くないので期待ほどでは・・・(笑)。 イスラム国なので女性が水着姿で泳ぐことは無く、みんな洋服のまま海に入っているので、入水自殺か?と思うほど何だか不思議な光景でした。
出かけたのが雨季の真っ最中だったので、どこもかしこも洪水状態なのですが、他のアジアでは見ない景色が多かったです。恐らく、この国独特の低地(標高の低さ)なんだと思います。
どこもかしこもヒタヒタ・・・。乾季は田圃か塩田らしいのですが、雨季はエビの養殖をしていたりします。
塩田で取れた塩を出荷中です(コンテナ一杯に砂のように見えるのがお塩)。これから更に精製されて白いお塩に変わります。1キロ数タカ(十数円)でダッカに売っているそうです。それでも、この地域はお塩や漁業が盛んなので豊かな地域だとか・・・。彼らの生活はわたしにとって鏡です。自分の仕事や生活を振り返る良いきっかけとなります。
村で写真を撮ってたら、外人が珍しいのかどんどん寄ってきて、最後は記念撮影。こういうのはどの国の田舎に行っても同じです(笑)。
乾季のうちにもう一度行ってみたかったのですが、治安が悪くて断念。
現場(田舎)に行くのは嫌いだけど、今進めているプロジェクトがここに住む人たちにどれほどの価値があるのか、自分の目でちゃんと確認しないといけないなと思ったりします。たまには真面目なコメントも書くのだ(笑)。
さて、週末に帰国して来月からは新規一転・未踏の国に行く事になりました。地球の裏側あたりからご挨拶したいな~と思ってます。 久しぶりにカメラ持ってく~♪
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気がつけば30日で、大慌てで部屋(とりあえずリビング、廊下と水回り)を大掃除しました。ああぁ疲れた・・・。まだ自室(仕事部屋)が四次元と繋がっているのかと思うほど、散らかりまくってるのですが、ドアを閉めて年明けまで封印する事にしました(爆)。
恒例の第九も今年でなんと10回目!何だか驚きと共に、自分の歳もひしひしと感じます。
2015年はお気に入りのNHK交響楽団@NHKホールでした。12月25日だったので、同居人がクリスマスプレゼントにお花をくれたのですが、演者へのプレゼントと勘違いされ、あやうく入り口で没収されそうになりました(笑)。
演奏は、今年9月に首席指揮者に就任したパーボ・ヤルヴィの指揮。とーっても表情豊かで、オーケストラという大きな楽器を前に、腕を大きく広げて自ら音を鳴らしているような、指揮者とオケが一体となった視覚的にも楽しめる演奏でした。近年まれにみる素敵な演奏で、今年は「当たり年!」気分になりました。
そうそう、ちょっと驚いたというか、今頃初めて知ったのですが、ピッコロって4楽章まで演奏がないんですね!
ちょうどわたしの視線の先にピッコロ奏者がいて、4楽章までじっと動かないので、びっくりしました。
第九10年目にして初めて認識しました(笑)。
毎年、第九を聴きつつ1年を振り返りますが、2015年は色んな事のあった年でした。個人的な今年の1文字は『忙』かなぁ。1月に父が逝き、その後は仕事ばかりで忙しく、心を亡くした1年だったように思います。
そんな中でも、昨年他界した友人の夫クンとは今年は良く食事を一緒にしました。お互い大切な家族を亡くした者同士、会えば良く泣いてましたが、それでも彼が居てくれた事は、家族の次にありがたかったです。
実はバンコク出張中に死ぬ思い(?)で準備していた新しいプロジェクトが取れてしまいました。父が見守っていてくれているのか、仕事運は好調みたいで、来年も今年に続いて忙しくなりそうです。
バンコクの最強パワースポット、アマリン・プーム。今年不運にもテロによって爆発されましたが、バンコク市民の献身により見事に復活していました。仕事の祈願をしたら、お陰様で叶ったみたい。
2015年は西に引っ張られていましたが、2016年は東の方に飛んでいく予定です。さてさて、どうなりますか・・・・(笑)。
なかなか更新が思うようにいきませんが、このブログも11年目に突入です。細々とですが、続けていけたらいいなと思っています。
みなさまも良い年の瀬をお過ごしください。全ての人に素晴らしい年明けが訪れますように!
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11月中旬にウガンダから戻り、月末からバンコクに来ています。ネット接続でうっかりCookieを削除してしまい、ブログのログインアカウントが全く分からなくなる事態に・・・(-_-;
さて、ひさ~しぶりにタイでのお仕事となりました!今年最後のご褒美出張です♪
トランジットの隙間でちょいちょい来てはいましたが、久しぶりに腰を落ち着けてのお仕事でウキウキです。最後にタイの仕事をしたのは7~8年前なので、それ以来!「帰ってきたよ~!バンコク~!」と叫びそうです(笑)。
相変わらず、スクンビットのアパートに投宿中ですが、変わったなーと思ったのは、アパートの周りにコンビニ(セブンイレブンとファミリーマート)が増えた事。そして、ちょっと歩いた先にはマックスバリュー(イオンの24時間スーパー)が出来ていた事!ここはもう日本なのかもしれない・・・という錯覚を引き起こします。
うむー、これが先月までいたカンパラと同じ「プロジェクトの出張先」というくくりになるのかと思うとビックリ。
伊勢丹やCentral Worldのある目抜き通り。うん、間違いなく大都会です。うちの業界の人からすると「タイ=先進国」ですから、メールの末尾に「@バンコク」と入れると、半ばやっかみ的な返事が来ます(笑)。
とはいうものの、せっかくのバンコク出張にもかかわらず、意に反して勝手に入れられた別の国のプロジェクトの仕事がうんざりするくらいあって、前半はアパートに缶詰め状態でした。マネージメントに軽い殺意を抱く・・・!
バンコクと言えば「食」も楽しみの1つ。まだ、大好物のプーパッポンカリー(蟹カレー)は食べれていませんが、永遠のファーストフード・カオマンガイ(海南チキンライス)屋さんには行ってきました。
最近、渋谷と福岡に出店したという、通称「ピンクのカオマンガイ」。プラトゥナム地区にあります。 ウマーい!
※通常はお店のスタッフがピンク色のシャツを着ているのですが、国王のお誕生日だったので、全員黄色のポロシャツ。エプロンのみピンクでした。
1食40バーツ(150円くらい)は変わらずです(タクシー代で100バーツくらいかかってますが・・・) 。せっかくなので、1食はお店で食べて、もう1食はテイクアウトしました。翌日温めて食べても美味しかった~!
こういう風にふらりふらりと出歩けるのも、やっぱり良いですね。来月はホテルに軟禁状態になると思われるバングラへの出張を考えると、恐怖におののきそう・・・。いやだ~~~!
日本人地区のショッピングモールも思いっきり大きく拡大されていて、遊びに行ったらちょっとお上りさん状態でした。
今年1年の途上国暮らしを忘却の彼方へ追いやってしまう魅惑の街です。せっかくなので、もうちょっとだけ楽しんで帰りたいと思います♪
銀座にもない巨大なツリー。プロンポン駅のエンポリウムは変わらず煌びやかでした~。
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やる事(宿題仕事)を持ち越して来たつもりだったのだけど、キャンセルやらスケジュールの延長やら、クライアントの信じられない長期休暇(笑)などで、はっと気づくと大した〆切も無く、ちょっと肩すかし気味です。
今年は6月くらいから、ずーーーっと忙しくて、慢性的に〆切仕事とメールに追われる日々だったので、何とも言えないこの余裕・・・(笑)。ついつい、無駄にボーっとしていまいます。
カンパラではダッカに比べると心ときめくレストランが少なく、もっぱら自炊中心の生活ですが、大きな違いはやはりお酒が自由に飲めること♪ 特に南ア産のお得なテーブルワインがバラエティ豊富で、スーパーに行っても結構楽しいのです♪
家飲みのお供は、ここ最近出張先に必ず持って行くオツマミ缶。 ご存知の方も多いかも。
『天の橋立 かき燻製オイル漬け』
1缶に大粒の牡蠣が7~9個くらい入ってます。
スモークされた牡蠣がチーズみたいでウマ~イ♪
ワインでもウイスキーでも日本酒でも合います。
牡蠣の漬かっているオイルも香りが良くて美味しいので、今回のようにアパートにいる時は、残ったオイルにマッシュルームとチリとニンニクをいれてアヒージョ風にして頂きます。 もー、ワインとバケットが止まらん♪ オイルはパスタにあえてもヨシ。
缶詰としては少々お高めなのですが、他社の類似品にくらべるとここのが一番。
厳しい住環境(ウガンダとか、バングラデシュ)やハードなプロジェクトの出張だとこういう自分にとって特別好きな食べ物を持って行きます。しんどい時にパカっと開けて、ひっそりと家飲みのお供にします。
昨日はウガンダのボスから「想定外」のメールが来て、思いっきり泣き崩れそうになりました(心の中で幾度となくボスの藁人形を燃やしていた・・・。う、病んでいる・・・?)。こういう時に、この「牡蠣療法(?)」で何とか持ち直すのです。他にはとらやの羊羹とか最中なんかも効果あり(笑)。
あと3週間、何とか乗り切りたい所です。
ウガンダは雨季なんだけど、たまーに綺麗な青空が広がります。写真はオフィス近くの官庁街(日本で言うなら霞ヶ関)ですが、樹木が半端なく大きくて、野趣あふれている・・・・。
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お若い方には「だれ、そのおばあちゃん?」て感じでしょうが、わたしの世代にとっては、ソウル時代の立役者の一人と言っても過言ではない・・・、ソウル・シンガーでございます。ホイットニー・ヒューストンの従妹としても有名かな。
30年前のローティーンだった頃、インターネットも無い時代に、洋楽を聞くのは結構難しくて、夜中にやっていた小林克也の「ベストヒットUSA」とか、マイケル富岡がMCをしていた「MTVジャパン」みたいな番組をビデオ録画して、良く見ていました。くー、なつかしいぃ。
ジャニーズ好きの友達に囲まれながらも、中学生くらいの歳から、細々と(孤独に?)洋楽活動をしていたので分野問わず色々聞いてましたね~。ロックやポップスも聞いてたし、ソウルやレゲエも良く聞いてたなぁ。 まぁある意味「雑食」。
ディオンヌはその時代に抜群の歌唱力でわたしのハートをキャッチした一人。故ルーサー・ヴァンドロスとのデュオなんて、夜中に泣きながら見てましたね~(笑)。変な中学生だな・・・。
当時はレコード時代だったので、毎朝起きて彼女のレコードに針を落として、支度をする毎日を送っていて、隣の部屋の兄から「そのアルバム聴き飽きた!」とクレームもしばしば(笑)。本当にレコードがすり減るくらい良く聴きましたねぇ。
さて、そのディオンヌ・ワーウィックですが、実は2011年にブルーノート東京に来るとの事でチケットを取ったのですが、震災の影響でリスケジュールされてしまい、その後 ま~~~ったくわたしの出張日程と合わなかったのです。毎年、ブルーノートのHPを恨めしく見ていたけど、今年やっと念願叶いましたー!
実はチケットがブルーノートにあるまじき、結構お高い設定で・・・(汗)。彼女の事を知らない同居人には「行かないよね、行かないよね?知らないアーティストだもんね。一人で行っていいよね?」と念押し(笑)。 ほくほくと一人で青山に出かけました。
座席はね~、ステージに上がるときに通るという正面左側のブロックを指定して、運よく最前席に通されたのです。ディオンヌの香水が漂う超近いお席だったので、彼女と目が合ったと信じてマス(笑)!
セットリストは、彼女のメジャー曲のオンパレードでした。バカラック中心だったかなぁ。高音はさすがにあまり出ていなかったけど、それでもしびれる歌声でした。 「I'll Never Fall in Love Again」なんて泣いちゃいましたよ。
この日は、ほぼ満席で、会場の雰囲気も暖かい~ムードでしたね。こんなに近くで彼女のパフォーマンスが見れるなんて、ファンにとっては、夢の一夜となりました~♪ 元気なうちに、再来日してほしいな。
写真:ブルーノート東京からお借りしました
あとね、ブルーノートはお酒を飲みながら・・・っていうのがイイヨね♪
【オマケ】
わたしの出張スケジュールと全然合わないアーティストがもう1名・コットンクラブにくるサラ・ガザレク(ジャズシンガー)。多少の出張振り替えも厭わない覚悟で、次の機会を虎視眈々と狙ってます(笑)!
]]>久しぶりにネガティブパワー満載で書いてみます(笑)!疲れている人はスルーしてね。
9月からバングラデシュの首都・ダッカに来ています。実は6月~7月にも1か月ほど来ていたのだけど、なぜブログに書かなかったというと、ハッキリ言ってバングラデシュが全然 好きになれない からなのです(爆)。直球で行くぜ。
今の仕事を始めて20年ですが、バングラデシュは初めて訪れる国。そして、南アジア地域というのも初めて。留学時代にインド系イギリス人の態度に腹が立っていたわたしにとって、南アジア地域にワクワク感は皆無でしたが、まさかこんなに過酷だとは・・・。
最初のダッカの印象は、混沌。
車窓から眺める外界は、喧噪と交通渋滞。しかも、その交通渋滞っぷりが半端なく酷い・・・。空いていれば車で5分くらいのところにランチに出たら3時間帰ってこれなかった・・・。
信号があってもかるーく無視(笑)。 歩行者へのリスペクトはゼロ!交通警官は棒を持っていて、車をぺしぺし叩きながら交通整備をする謎のシステムです・・・(爆)。
交通量が多くて混雑しているのではなく、みんながみんな、勝手な方向に行こうと自我を通すため、全ての交差点で渋滞が発生しているのです。良くあるパターンは、交差点の真ん中で卍固め(?)のように、4方向からの車が頭を付きあわせてること。
車だけならまだしらず、そこにはリキシャ(人力車の自転車版)、CNG(三輪バイクに座席がついたもの)、バイク、自転車、バス、歩行者が混ざり合ってるのです。
特に、「道を譲る」事が欠乏していて、どの車も「我先に!」と突っ込んでいく。そして挙句、頭を付きあわせて怒鳴り合い、どこか一方が引くのを待つ。すると、引いた車の後ろにいる後車がまた我先に突っ込んでいく・・・。呆れて笑ってしまうほどの交通マナーの悪さ。
それは人も一緒で、空港でフォーク型に一列に並んでいると、平然と二列目を作って割り込んだり、横入りしてきたりする。いくら外国人が「この列は1列で並んでるんだ!」と説明しても、全く理解してもらえない。「順番を守る」って事が、まったく通じないし、人に譲るって事もない。あくまでも自分の流儀を通すし、自分が一番早ければ良いシステム・・・。
歩道を歩くと、ホーンを鳴らしながらバイクや自転車が「そこどけ!」くらいに突っ込んできます。ここ歩道ですけど?て感じ。で、車道に降りれば、リキシャと車が同様に圧をかけてくる・・・(涙)。歩く=階級の低い人=轢いても良いくらいに思ってるんだろうか・・・。こんなに虐げられているのに、今度は物乞いが手を伸ばして着いてくる・・・。これ以上わたしから、なにが欲しいんだ!
それが文化であり、風習なのかもしれないけど、こちらもそんな事ばかりされていれば、性格も人相も悪くなる・・・(笑)。
仕事柄、色んな所にいったし、貧しいと言われている場所も色々廻ったけど、ウガンダの田舎だってみんな順番を待って井戸で水汲みしていたし、インドネシアの僻地だって、歩行者には道を譲ってくれました。 どんなところにも必ず秩序ってものが感じ取れたのです。
それがここには全くない (ように見えるだけかもしれないけど)。知人は「民度が低い」という表現を使っていたけど、教育不足なのか、風習だから仕方ないのか分からないけど、そういう無秩序ってわたしにとってイライラさせられるというのが、今回初めて分かりました(笑)。バングラ大好きって方もいるだろうから、個人的意見ですけどね。わたしの周辺大多数は同じ理由でバングラに疲れている・・・。
ただ、ここまで書いておいて言うのもなんだけど、個人個人はとってもいい人達なんです(笑)。うちのアシスタント君でも、秘書のオジサンでも、ホテルのスタッフも。とても礼儀正しくて思いやりに満ちている。という事は、見ず知らずの他人には厳しいのか・・・(笑)。
あと、一番ダメなのは、イスラム圏でお酒が飲めない・買えない事(笑)!実はストレスの一番の理由なんじゃ・・・?
今回、初めて酒用スーツケースを買いましたよ~。瓶だと重いので、Hardy's の箱ワイン(5リットル!)を詰めて来ています。
外国人が多く居住するグルシャン地域。オールドダッカや他の場所に比べると数百倍綺麗だというが・・・。写真に写っている黒い塊はスパイダーマンの巣(?)でも、巨大化した貞子(リング)の髪の毛でもありません(笑)。何をどうしたら、電線がこんなホラー的な見た目になるのか・・・。
来週の帰国は待ち遠しいけど、まだあと2回も来なければなりません。
はあああああぁぁぁぁ~(ためいき)。
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7月にバングラデシュから戻った後、ラオスへ2週間ほど行き、そして今は長崎に2週間の予定で出張中です。今年の夏は本気で忙しい・・・orz。
ええ、国内出張なんて珍しいのですが、実は毎年恒例・ラオスからのお客さんが来ていて、その付添いとして長崎市内に滞在中です。日頃、海外のホテル暮らしが長いので、こんな風に日本のホテルに泊まると、その便利さにちょっと泣きそうになる・・・(笑)。
去年も2週間ほど長崎に来ていたのですが、その時はお客さんと一緒のホテルに泊まっていて(長崎駅近く)、お店もそんなになく、あんまり地元食を開拓せずに終わってしまいました(1日が終わると、どーっと疲れてしまって・・・)。
今回は長崎をなめておりまして(爆)、日程間近でも大丈夫だろうとホテルの予約を怠っていたら、ぜーんぜん宿泊先が見つからず、まさかの思案橋(繁華街)付近のホテルに投宿しています。関係者からは、「あー、ミホさんには便利な場所ですよね(笑)。」と揶揄される・・・。
毎日、お客さんのホテルに行くには不便ではあるけど、確かに食事には困らない・・・うふっ(笑)。徒歩圏内に幾つもレストラン&飲み屋さんがあって、接待のない日は「孤独のグルメ」的に街を徘徊中です~♪
卓袱料理、五島料理&焼酎・五島灘を出す食堂、地魚のお刺身&お寿司を振る舞う小料理屋さん、一口餃子、思案橋ラーメン、ちゃんぽん、島原まぜ飯・・・などなど。1週間でかなり探検しました。すみません、食事の写真を全然撮ってなかった~。
いんやー、久しぶりに楽しい♪ そして食生活が豊か!
写真左の吉宗(よっそう)はお友達さんから教えてもらった茶わん蒸しの美味しいお店なのだけど、週末はびっくりするくらい混んでてまだ行けない・・・。平日夜に何とか行ってみたいものです。 写真右は五島うどん。わたしは結構気に入って、お土産に乾麺を買ったと伝えたら、家族からは反応がめちゃ薄・・・(涙)。 「ふーん」だって・・・。なんだよ、一人で食べるよ、ちくしょーうっ!
地方都市で女子一人が孤独のグルメもどうかと思うんだけど、まーそこは40代のオバサンなんで、結構いけちゃいますね。九州の良いとこはやっぱりお魚(白身)と焼酎が美味しいこと♪ 最近、ラオス(海のない内陸国)とか、バングラデシュ(鮮魚輸送力のない国)とかにいたので、お刺身には目がありません(笑)。
個人的には、こちらの甘いお醤油が評価低めなので(すんませんっ!)、お刺身やお寿司を食べながら、東京のお醤油だったらもっとさっぱり行けるのに~!なんて思っちゃうけど。それでも、すんごーく美味しい!お魚の歯ごたえや甘みにうっとりしちゃいます♪ 焼酎ともあうのよねー。
もうちょっと年取ったら、バーとかスナックも飛び込みで一人で入れる気がする・・・(笑)。でも、残念ながら今年でこの「ラオスのお客さんご招待」企画が終わってしまうので、また別の機会かなぁ~。
あと1週間、お客さんのお供をして月末に帰京しま~す。
あ、もちろん長崎の名所も案内してますよー(笑)。
【業務連絡】
月末に帰って、9月からは再びバングラデッシュで~す(涙)。美味しいもの食べ貯めだよ(笑)。
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ということで、こちらに来る前に行った鎌倉の話でも。
今年は帰国している時間が限られているので、「行きたい時」に「行きたい場所」へ「すぐ行く」というのが日本生活でのモットー(笑)。
梅雨の初めの平日なら、空いているかと思って、鎌倉まで紫陽花見物に行ってきました。紫陽花の三大寺院の1つ、成就院が工事中で見学できないため、江ノ電沿いの長谷寺まで行く事にしました。
この日は平日ど真ん中にも関わらず、 江ノ電は超満員!ビックリしました。
車運転大好きの同居人には珍しく、電車に揺られて長谷寺まできました。鎌倉大仏も近くにあるせいか、参道は観光客で大賑わい。
6月の初旬だったのに、お天気が良かったせいか、汗ばむくらいの暑さでした。
紫陽花ルートはお寺の裏側にあって、結構な急斜面です。一列に並びながら、色んなお花を愛でる感じ。この日もわたし達が並んだ後くらいからは整理券が配られて入場制限していました。
長谷寺には25種類の紫陽花があるそうです。確かに、日頃見慣れているものとは、ちょっと違うお花も多くて、色も形も様々。
遅めのお昼は境内にある喫茶でとりました。大きく開いた窓からは由比ヶ浜が見渡せて気持ち良かった~です。
平日だから、もうちょっと空いていて、ゆっくり見て回れるかと期待してたんだけどなぁー。お友達の話によると、テレビのニュースで「紫陽花は今が見ごろ」と報道されていたそうなので、お客さんが集中したみたいでした。みなさん美しいものに飢えているのね~。ま、わたしもそうですけど(笑)。
新緑から夏に向かってどんどんと緑が濃くなる時期。なんか、こういう風景に癒されることが多くなりました。お年頃かしらね(笑)。
乾いた目を潤して、空気で花の息吹を感じて、肺がリフレッシュされた気持ちでした。
この数日後に、世界一混沌とした美と対局の街に行くのですが、それはまた別のお話・・・・。とほほ。
来年はもう1つの紫陽花の名所・明月院に行ってみたいなぁ~。
【ご参考まで】
長谷寺HP:http://www.hasedera.jp/
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うちのプロジェクトのオフィスアワーもちょっと早まって、8:00~16:30になりました。早めに帰れるのは良いけど、早起きはつらい・・・。当たり前の事を言っておりますが(笑)。
さて、九州旅行の後編です。
宮崎に来たのには目的がありました。1月に亡くなった父が宮崎にあるホテルの建設に深く関わっていた事があり、生前に「もう一度宮崎に行って、ホテルに泊まって、ゴルフしたいね」と言っていたのです。 残念ながら、父と一緒に来ることは叶わなかったけど、父の足跡でもあることから、母と一緒にいつか来ようねと言っていました。
ところが、このホテルが残念ながら老朽化により6月30日をもって閉館・取壊しとなる事が分かり、今回ちょっと無理矢理でしたが、宮崎に1泊する事にしました。
海の側にゴルフ場と一緒に立つホテルは、42年の歳月を経て、閉館を前にだいぶくたびれていました。その昔は新婚旅行客でにぎわったとか。
お部屋の窓から海と松林、その間にゴルフ場が一望できます。あんなにひどかった雨も夕方にようやく止み、傾いた太陽によって、ホテルのシルエットが浮かび上がりました。
当時、ちょうど今のわたしと同じくらいの年齢だった父は、このホテルの建設工事を任され、宮崎に単身赴任していました。この宮崎の海を毎日見ながら、現場を走り回っていたのだろうと思います。生前に良く、工事の苦労話を聞かせてくれました。それくらい、当人にとっても思い入れの深い現場だったのだと思います。
ある意味、父がホテルの老朽ぶりや、閉館・取壊しを知らずに済んだのは良かったのかなとも思います。
2日目の夜はホテルで夕食を取りました。館内をゆっくり見て、母と一緒に名残を惜しみました。閉館前だから、お客さんは少ないだろうと思っていたら、海外の団体客が結構多くて、ちょっとびっくりしたけれど。
翌朝は程よく晴れたので、ホテルの写真を撮っていたら、同じように写真を撮っている年配の方がいました。父と同じように工事関係者か、それともホテルマンだったのか分かりませんが、色んな方の悲喜交々が詰まっているんだなぁと。
父の思いが詰まったホテル。無くなってしまうのはつらいけど、最後に訪れる事ができて良かった。母やわたしの思い出の中に刻まれて、父と共に生き続ける事になりそうです。
後日談ですが、父は当時一緒に働いていた後輩の方々には、ホテル完成後に家族旅行の招待をしていたそうです。自分の家族には、全くそんな気遣いなく・・・! 母とわたしは旅行から戻って初めて知ってビックリしました。「まったくもうっ(笑)!」父らしいといえばそれまでですが・・・、ちゃんと家族孝行してほしかったわ~(笑)。
3日目は夕方の飛行機まで時間があるので、日南まで足を延ばしました。母曰く、南国にしか咲かないジャカランダの花がちょうど見ごろだというので行ったのですが、今年は開花が遅いのか、満開とまではいきませんでした。でも、日南までの海沿いの道は風光明媚で美しかった~~!
残念だったのは、海辺の道の駅ならぬ、港の駅のレストランに立ち寄れなかった事。土曜日だったこともあり、混んでてダメだったのですが、絶対お魚料理が美味しいはず!くーっ!
左は日南の海岸沿いの風景。右がジャカランダのお花。群生とまでは行ってませんでしたねぇ~。ザンネン。
空港手前でちらりとよった展望台。青島の鬼の洗濯板が見えました♪
初めての宮崎(市内見物は全然してないけど)、熊本や福岡と違って、やっぱり南国っぽい雰囲気でした。ヤシの木が街路樹だったりして。ホテルの事を思うと、寂しくなりそうだからもう来ないかも・・・。でも、この風景はずっと忘れないと思います。
九州はまだ佐賀と鹿児島に行ってないので、次は焼酎巡りの旅でもしたいなぁ~。
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こちらでの生活は追々アップするとして、6月に2週間弱帰国していた時の事を書いておこうかなと思います。
ラオスから帰国してすぐに、熊本~宮崎への2泊3日旅行に母と一緒に出かけてきました。我が家の同居人が熊本出身なので、ちょっとした家族の用事がありまして1日目は熊本へ。そして、急ぎ足ではあるけど、諸事情があり2日目は宮崎を回ることとなりました。
ちょうど梅雨入り宣言直後だったのだけど、初日の熊本はものすご~く綺麗に晴れていました。空港についてから、車で市内へまっすぐ行く予定だったけど、せっかくなので阿蘇を見てから・・・ということに。阿蘇が初めての母はもちろんのこと、阿蘇3度目のわたしも、こんなにお天気に恵まれたことがなかったので大感動です。初回は野焼きで真っ黒だったし、2度目は物凄い曇天だった。3度目の正直ってところかな。
本当に爽やかな日で、気温も高くなく気持ちの良いドライブでした♪ 絵葉書的な風景にうっとり。
お昼は名物の高菜飯とだご汁。美味しいけどボリューム満点。
阿蘇山は噴火警戒レベル2で規制されていたけど、草千里の方は問題なく。 米塚から外輪山が見えて、360度の大パノラマでした~♪
初日の夜は熊本の親戚と、いつもお世話になっている和食屋さんでお食事でした。このお店は同居人のお友達がやっているのだけど、いつ来ても新鮮で素敵なお料理を振る舞ってくれるので、熊本に行く楽しみの1つです。今回は馬肉の石焼が出たりして美味しかった~♪ 母の手前、焼酎をがっつりと飲めなかったのがちょっと残念(笑)。
2日目は打って変わって終日の雨・雨・雨。「ああ、梅雨入り宣言は嘘じゃなかったのね」と再確認するほどでした(涙)。
この日は車で熊本から宮崎への移動だけだったのだけど、それにしても酷い雨でした。熊本を出る前に熊本城に寄ったけど、傘をさしてても濡れてくるくらいの降りだったので、本丸をちらっと見て終了(笑)。 結構肌寒くて、暑さ対策万全で来たので、ちょっとビビった(笑)。
1泊目は、熊本城が見えるホテルのお部屋を取ったので、まぁそれでヨシ!夜はライトアップも見れたしね♪
左の熊本城はホテルの部屋から撮ったもの。ものすごく天気が悪くて・・・、とても外でカメラを構える気にならなかった。
水前寺公園とかもね、本当は行ってみたかったのだけど、次回へ持越しです。
宮崎編へつづく。
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それもこれも、週末帰国して日本でののんびりだらんと過ごすためです。土日はパソコンも開けないし、自宅のソファから動かない覚悟です!むんっ。
さて、今回のプロジェクトサイトはビエンチャンではなく実はサバナケット(ラオス南の街)だったので、週末から3日間ほど出張してきました。いつもは他の日本人と一緒なのですが、他のメンバーはわたしと入れ違いで帰国してしまったので、一人で行ってきました(というものの、現地にスタッフはいる)。お陰でホテルも自由に選べて楽しかった~。そうそう、初日はサバナケットの空港に到着後、ホテルからの迎えの車と間違えてUNICEFスタッフ専用のバスに乗り込んでしまい、大恥かきました(笑)。途中で気づいて説明したら、快く乗せてくれてホントに助かりました。さすが、国際援助機関♪
滞在中は一人でのーんびりしようと思っていたのだけど、サバナケットのラオス人友達(通称:サバ友)から速攻電話がかかってきて、所在がバレてしまい、夜は彼らとビール三昧でした。去年、このサバ友に勧められて食べた生ガキに半中りしたので、極力接触は避けたかった・・・(笑)。今回は中らず大丈夫でした。
ちなみに、日中はサバ友をイヤというほど現場へ連れまわし、前夜のビールが10分で汗に変わっちゃうくらいの強い日差しの下で現地調査に付きあわせていました。ガハハっ・・・!
夕方にちょっとだけ時間が出来たので、一人でぶらりとサバナケットをお散歩。
夕方になるとみんな川沿いに集まってくる。屋台が並んで、いい匂いが漂うんだよね~。約束が無ければ、わたしもローカルに混じって、ビールと焼きイカをかじりたかった(笑)。もちろんMY蚊よけスプレーは持っている。
メコンに沈む夕陽はなんだか情緒的。写真では見えないけど、子供が川で泳いだり、漁をしてたりするので、こちらの人は夕方から活動が活発になるみたい。
街の中も、この時間はノスタルジックな風景です。この後になるとかなり本気で真っ暗になっちゃうので(街灯が少ないから)、印象は全然違うかも。サバナケットはラオス第2の都市なんだけど、ものすごくコンパクトで、地球の歩き方には4ページくらいしか載ってないほど(笑)。でも、ビエンチャンみたいに「荒らされてない」感じがして、雰囲気は良いです。まっ、なにもないですけどね(笑)。
7月終わり頃にまた戻ってくる予定です(サバ友にフリクションの替えインクを持ってくるよう頼まれたし(笑))。次回こそは、ひっそりとサバナケットを楽しみたい(笑)!
その頃にはもう少し暑さがひいてくれるといいなぁ。いや、ホントに・・・。
【業務連絡】
そろそろ帰国しまーす。
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水かけ祭りも終わり、暑さのピークも過ぎてるはずなのに、今年は(も?)雨季の訪れが遅く、温度が下がる気配を感じられません。っていうか、昼間は物凄い暑さです。
今回は3週間強の滞在の予定なのですが、同居人がラオスに来てまして、2週間ほどビエンチャンで休暇を楽しんでいます。もちろん、わたしは仕事で来てるので、毎日8~17時までオフィスで仕事しています・・・。う・・・、世の中の不条理を感じる(涙)。
プールに行ったり、サイクリングしたりして、日増しに黒くなる同居人。滞在1週目にして遂に「Do you speak English?」とバックパッカーに尋ねられているそうです。既に日本人の風貌を脱ぎ捨て、別のエア国籍を取得したみたい(笑)。
平日は勝手に遊んでいてもらいますが、週末は少し家族サービスをしないと・・・(あぁ、わたしって世の中のサラリーマンお父さんの気持ちが痛いほど分かる(笑))。 ということで、ビエンチャンの北にあるトンカンカム市場へ行ってきました。通常の食料品は市内のスーパーで事足りるのですが、同居人もいるし、フルーツシーズン到来なので出かけてきました。
ビエンチャンの台所、トンカンカム市場(↓)。東京で言うなら築地市場。例えが大きすぎか・・・(笑)。 お昼近かったので、活気は抑え気味。
野菜、果物、お肉、お魚がずらりと並んでいます。お魚セクションは朝のうちに終了。お肉を買うのはちょっとハードル高いので、わたし達は無難に野菜・果物あたりをぶーらぶら。
残念ながら、ライチはあまりなく(もう1週間先かなぁ)、マンゴー、ランブータン、ドラゴンフルーツ等、南国の果物が並んでました。 市場のお姉さんに、身振り手振りで食べごろの物を選んでもらい、マンゴーとパッションフルーツとアボガドを購入。
実はパッションフルーツに目の無いワタクシ。あの酸味と、種のパリパリ感が大好きなのです♪ ジャムもパッション味がスキ。
日本のものは表面が深い赤紫ですが、ラオスのは桃色、ちなみにウガンダだと黄色でした。どこの国のパッションも割るとちゃんと黄色の果肉が出てきます。ビタミンCを取ってる~!て感じがたまらんデス。
同居人は何故か市場の人が野菜を入れたりするときに使う、ビニールシートで出来たカバンを探し求めていましたが、 わたしはあまり(全然?)興味が無く、市場の人たちが使う市場籠の写真を撮ってました(爆)。アド街的に言うなら、「市場籠コレクション」です(笑)。
結構使い込んでる風ですが、一人のオジサンは一生懸命洗っていたので、大事に使っているようです。わたしも、築地市場の人が持ってる市場籠が欲しい~~~~!サザエさんみたいに買い物したいのだぁ!←謎の叫び。
アパートから市場までは自転車で10分くらいでしょうか。今までは行くのが面倒だと避けていましたが、やっぱり街中のスーパーでは買えない果物等を買いに行くのはいいかなぁ。 特にパッションフルーツ(笑)。
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ウガンダでの就労ビザを取るためにパスポートをかなり前(3週間以上前)に提出したのをすっかり忘れていました。そういや、まだ戻ってきていないな~と今頃気づきました。ローカルスタッフに確認してもらってるのですが、お国柄なのか、かなりのんびり構えているご様子。無事に帰国できるか、乞うご期待(笑)!
こちらにきてからというもの、安全上の理由もあって(日本から持ってきた宿題も山積みで)週末は引きこもっていたのですが、たまには息抜きしに、カンパラの東、ビクトリア湖のほとりにあるジンジャ(Jinja)まで出かけてきました。
ジンジャまでは車で2時間半くらい、ケニヤの国境とカンパラの丁度中間あたりにあります。ここに行くと、ナイル川の源流(Source of the Nile)を見る事ができるというので、期待を胸に(?)向かいました。
実は2000~2003年までエジプトのカイロで仕事をしていたこともあり、ナイル川とのおつき合い(?)はその時から。世界の4大河川と言えども、ナイル川を眼下に見下ろすホテルで延1年半も暮らしていると、ピラミッドは三角の石だし、ナイル川は多摩川程度にしか思えなくなっておりました(爆)。
そんな、ゾンザイなナイル川への見識を改めるべく、源流スポットを求めて行くと、どうやら船に乗るとのこと。
船着き場は観光用のショップでにぎわっていて、傍らではアフリカンなダンスも見られます(写真を撮る際はチップを忘れずに!とダンサーのお姉さんにつよーく言われるけど)。
なんか結構シンプル(?)な船に乗り、途中途中で鳥の説明を受けながらリバークルズ。
そもそも、源流といえば、岩の間からチョロチョロと綺麗な清流が湧き出て大河になる・・・とか、滝になっている・・・とかいうイメージなのだけど、冷静に考えたらそんな高低差なんてなさそう。
上流へ向かう事15分。ついに見えてきたのが、源流ポイント。
ま、まさか・・・。
ナイルの源流って、あの水の中に刺さっている田舎のバス停みたいな看板のこと・・・?
あ、でも観光客らしき人達が群がっている・・・。
確かに 「The Source of R. Nile(ナイル川源流)」って書いてある・・・(-_-;
そう、ここがナイルの源流ポイントだそうです(爆)。 うーーーーん、星1つ!★☆☆☆☆
もう2度と来ることもないだろうからと、船をギリギリまで寄せてもらい、看板の前で写真を撮って帰ってきました。要するにビクトリア湖とナイル川の間の地点をナイルの源流と呼ぶそうです。 ふーん。←感想(笑)
気を取り直して、ビクトリア湖畔のレストランでビール片手にランチを頂いてきました。大きな樹の木陰に席を取ったのですが、湖からの風が気持ちよく、こちらはおススメです♪
ジンジャはカンパラに続く大きな街なんだけど、カンパラに比べたら規模は全然小さくてのんびりしていていい所でした。湖沿いにはレストランやホテルがあって、リゾート気分が楽しめます。(あと何故か刑務所もあるけど)
ウガンダの観光ってサファリくらいかと思ってましたが、ビクトリア湖畔もなかなか良いモノでした。
ちなみに、ウガンダ名産ビール「Nile」の工場があるけど、残念ながら工場見学ツアーはやってないそうです。見てみたいような、見たくないような・・・・(笑)。
【業務連絡】
今週(パスポートが戻ってきたら)帰国しまーす。
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CNNのニュースがすっかりイギリスの選挙と、アメリカの大統領選にシフトしたので、ながら見しているこちらも、少し心穏やかになってきました。隣国のケニヤやタンザニアに比べると、国土も政治規模も経済もちんまりとしているウガンダは、思ったよりのんびりと構えているようです。
前回もちらりと書きましたが、わたしのいるオフィスは日本で言う都庁みたいなところの一角にあって、セキュリティも結構厳重。裏には国会議事堂があったりするので、そのせいかもしれないけど、敷地のゲートでも、建物に入る玄関でも厳しい所持品チェックとボディチェックがあります。
最近やっとIDカードが支給され、入口にいる警察官ともお友達になり、笑顔であいさつしてくれますが、セキュリティはセキュリティといって、チェックが免除されるわけではない・・・。なので、昼食を食べに出るのも超面倒くさい!
そんな中、工事中だったカンティン(職員用の食堂)がやっとオープンしました。
ウガンダのローカルレストランって窓も小さく、暗いのが特徴だけど、オフィスのカンティンは建物の最上階にあって、窓も大きく、部屋全体が明るいので居心地がいい♪
通常のお昼休みは13:00~14:00なのですが、そこは日本ルール適用で12:30くらいから行ってランチを取ります。12:00に行っても料理は出来ていない・・・。
ウガンダのお料理は「主食」+「メイン」+「サラダ」。主食はバナナ(マトケ)、ごはん、キャッサバ(ポショ)から選べます。もちろん全部取っても良し。メインは、ビーフ、チキン、魚、落花生(お豆)のどれか1つからセレクト。サラダはほうれん草とか、キャベツで日によって変わりますね。
ある日のランチ。
といっても、毎日あんまり代わり映えせず(笑)。
日本人は主食が極端に少なく、野菜ばっかりと思われてるみたいです。
他の人のプレートみると、お皿に山盛りに炭水化物が盛られてる感じ(笑)。
最初は「なんでここに日本人?」的な雰囲気で、周囲からビックリされていたけど、最近は少しずつ変わってきました。同じ釜の飯理論じゃないけど、同じゴハン食べて、同じ職場にいて、それが普通になってくれるといいなとちょっと思ってます。
最近は雨季なのか、曇天続きですが、窓からの景色を眺めつつのランチはちょっとした息抜きの時間です。
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ちょうどBilly Oceanがカンパラ市内の高級ホテルでライブをするとの情報でゲットし、おおっ!80年代を満喫しにライブに行って、ついでにホテルに1泊してみようかなぁ~なんて思っていたのです。
・・・が、ウガンダに着いて早々、アメリカ大使館から「テロ警戒情報」が流れてきました。「西洋人を狙ったテロがあるかもしれません。欧米人が集う場所(ホテルやショッピングモール)は避けるように。」との勧告。うむむぅ~。
そうこうするうちに、隣国のケニヤで大学が襲われる事件が勃発。日本ではあまり取り上げられてないけど、ウガンダでも連日紙面のトップだったし、CNNも未だにTop Storyとして毎日報道を続けているほど、被害が大きかったのです。
そして、お休み前日にはとうとうウガンダでもケニヤ同様、学校を狙ったテロがあるかもしれないとのアラートが出てしまい、この4日間はじーっとアパートで過ごしていました。
カンパラは他のアフリカに比べて治安も良く、人も何となく穏やかで、昼間は一人で歩いていても(場所は選ぶけど)、特に問題ないところです。わたしの住んで
いるアパートは住宅地の一角で、国際的なドナーのオフィスも近くにあったりして、そこここにガードマンがいるので、かなり安全なところ。
それでも、やはり隣国の惨劇を映像で見てしまうと、ちょっと恐くて、スーパーに買い物に行っても寄り道せずに、ささっと帰って着たり、近所のお気に入りのカフェには西洋人が集うのでちょっと遠慮したりしていました。
わたしは西洋人ではないし、ましてアメリカ人には絶対に間違えられない自信はあるけど(笑)、やっぱりアフリカにいると、外国人として悪目立ちするんですよね。
で、この連休は何をしてたのかというと、金曜日と月曜日は東京にいるボスとスカイプ会議・・・(時差6時間のため、朝9時から)。宿題も山積で、テロ云々っていう以前に遊びに行く暇なんてなかったです。しくしく・・・。
仕事の合間に、1月から編んでるショールが全然終わらないので、こちらに持ってきて編んでいたら、ハウスキーパーちゃんが珍しそうに触ってました。編み物なんてウガンダではしないんだろうなぁ。
というわけで、インドア生活続きで、楽しい写真が全然ないのだけど。休み前にオフィスにウガンダ族の王様が来た時のお出迎えの様子。ウガンダの正装だそうです。女性のドレスが撮りたかったのに、セキュリティ上、遠くからしか撮れなかった上、ウガンダ族の王様は見れなかった・・・。あうーーー。
【家族・親戚・お友達の皆様】
うちのオフィスは日本で言う所の、都庁みたいな所なので、セキュリティもしっかりしているし、用心して暮らしてますので、ご安心ください。
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海外出張に出るのも、本当に久しぶり。うちの業界で半年も日本にいると、「無職」扱いになり、査定にも大きく響くのですが、出発前の契約更改では会社の上役に「まぁ、こんな年もありますよね」と予想外の優しい言葉をかけてもらい、別の意味でヒンヤリした気持ちで出発しました。何かあるに違いない・・・・、オゾゾゾ・・・(恐)。
6か月間も日本にいると、色んな物のネジが飛びますね。特に出張に持って行くべきものとか、準備しなければいけないものなんかも、ちっとも思い浮かばない。そうこうするうちに、例によって別件の締切が立て込み、バタバタの出発劇でした。
父の49日法要を済ませてからと思ったのですが、例によってずさんな扱いで携帯電話をポロリとお墓の玉砂利の上に落っことしたんですね。そしたら、まさかの砂利の角で液晶が全破損!操作不能に陥ってしまったのです。これが出張2日前。
ドコモに泣きつき、代替の新携帯を手配してもらい、受け取ったのは出発当日午後で、同居人に車で空港まで送ってもらう車中で、旧携帯から必死にデータ移行ですよ(泣)。うっ車酔いが・・・・。
この不具合で遅れた仕事を取り戻すべく、ながーいフライト(成田→ドバイ→エンテベ)の間にも仕事してたのだけど(ワイン飲みながらですけど)、読み甘くPCをバッテリー駆動させていたら、ドバイまでの飛行機で作業は終わらず、乗り換えのドバイのラウンジでも電源確保できず、北アフリカ上空でバッテリー終了・・・。古い機体のため、座席に電源なし。
6時間の時差を僅かでも埋めたいがために、ウガンダに到着して取り合えず電源とネットを確保したいところだというのに、ホテルに予約は入っておらず、たらい回し。「コンセントとネットのある宿に連れて行ってくれればいいから!」とドライバーに行ってチェックインしたホテルには、エアコンが無く・・・・。汗びっしょりでようやく締切を終える羽目に。
おかげで24時間近い飛行機での移動はあっという間でした・・・(爆)。
さすがにこの週末は動く気にもなれず、ホテルにすっかりダウンしていたのですが、今週からアパートにお引越しなので、少しは生活も落ち着くはず。全然暑さなれしてないし、少々へばり気味ではあるけど、ウガンダの仕事がゆっくりペースなので、かろうじて何とかなっています。今週はボスも国外でいないし。
ちなみに3年前は北部の田舎町にいましたが、今回は首都・カンパラでの仕事なので、生活のタフさは若干緩和。標高が高いので気候もまずまずです。
お昼に食べたウガンダ料理・KATAGO(カタゴ)。
甘くないバナナとお豆を煮た物。チリをかけて頂く。結構美味しい。
でも、夜は自炊するよ~~~。
日本食を段ボール1箱分もってきたからね(笑)。
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